チャレンジ精神とワンマン経営


期待に胸を膨らませて、12月25日、四国の観音寺市に出かけた。


前日、岡山から特急で観音寺に着き、加ト吉経営の「観音寺グランドホテル」に一泊しました。


社長は、四国銀行を定年で退任した時、創業者に懇望されて社長に就任し、89年現在、6年目に入っています。


最初の任務は株式の上場でした。


会長の方針である多角化経営を推進するには多額の資金が必要です。


資金確保のために今でも東奔西走の忙しさです。


冷凍食品事業の実務は副社長(会長の実弟)が担当し、創業時から会長により添うようにやってきています。


・・・それで実務関係は副社長から取材することになりました。

教育を考え直す

それが教えるのは物質的な欲望を追求するための手立てであり、その欲望の対象は車、テレビ、家電製品などしばらく使っては捨てていくものがほとんどです。


そして、学校を卒業するころには、この国が生産するありとあらゆるものに対する欲望が形成されているというわけです。


これは日本にもあてはまるでしょう。


しかし、そんな教育で本当にいいのでしょうか?


欲望を満たすための能力より、もっと大切な能力を育まなくていいのか?


そもそもわたしたちを創造した、あの宇宙の力との内的なコンタクトを可能にする素晴らしい能力は開発しなくていいのでしょうか?


学習とはたんに最高の学位や最大の所有を目指してはげむことばかりではありません。


なぜならそこにこそ、どんな教師もたずねなかった多くの問いにたいする答えがあるからです。

無意識の意識化

こころの「無意識の意識」というプロセスから生まれる創造的な解決策が、具体化されるべきイメージというかたちとなって意識のなかに流れこんでくるということがありうるのです。


もしわたしが学校を運営するとすれば、その最初の仕事は教師のあたまから生徒を支配するというパターンを追放し、いま紹介したような、夢見る力や創造性を育むことにささげるでしょう。


教師はなぜ生徒の関心に目を向けようとしないのでしょう?


課題を与え、ひとりひとり自由に、独自の方法で解決させることによって、生徒の創造性をやしない、こころをひらいていくような教育がなぜできないのでしょう?


アインシュタインやテスラのような人たちが学校では劣等性だったことはよく知られていますが、それはある意味で当然だったのかもしれません。


現代アメリカの教育体制は経済成長を支える労働者の生産を目的にしています。

偉大な科学者 2

昔ながらの試行錯誤や実験なしに、いきなり発明品を完成させるのですから、それ以上に便利なことはありませんでした。


ある日、彼は効率のいい発電機について考えをめぐらせていました。


友人といっしょに詩を吟唱しながら公園を散歩しているとき、突然解決策がひらめきました。


彼はのちにこう書いています。


「詩句を朗ろうと吟唱しているとき、閃光のようにアイディアがやってきた。


その瞬間、真実が全貌をあらわした。


わたしは棒をひろって地面に図をかいた。


6年後にアメリカ電気工学研究所の講演で発表したあの図である。


友人はその図を完全に理解した。


わたしが見たイメージはおそろしく鮮明で、金属や石のように堅固なものだった。


わたしは友人に言った。


『ほら、これがモーターだ。逆回転させてみよう』


それまでになにげなく出くわしてきた自然界の秘密のひとつを、勝算の低さにもめげず、自己の全存在を賭けて、わたしはもぎとったのである」。

偉大な科学者

科学の巨人に、クロアチア生まれのアメリカ人で、霊感の発明家といわれたニコラ・テスラがいます。


テスラの名前はあまり知られていませんが、彼の発見がなければ現代の便利な生活はなかったはずです。


彼の発明による交流発電機やトランスミッション・システムのおかげで電気の時代が可能になったのです。


テスラは子どものころから、脳裏でくりひろげられる鮮明なイメージに悩まされていました。


記憶や想像があまりにリアルに脳裏に浮かび、目の前の世界と記憶や想像の世界がふたつのリアリティとして同時に見えてしまうような状態に苦しめられたのです。


やがてテスラは、現像から逃れるのではなく、その現像を具体化して新しいものを発明するという解決策を見出しました。


彼の発明にはスケッチもモデルの製作も、設計図も実験も要りませんでした。


必要なのは、こころの目をはたらかせることだけでした。

社運を賭けた決断 4

IBMは360の大成功によって、追い迫ろうとしていたスペリー・ランドなどのライバルを、完全に振り切ってしまいました。


このころの業界は、「7人の小人」といわれるように、IBMを完全に独走態勢に入らせてしまいました。


この間に同社の企業規模も、著しく巨大化していきました。


従業員数は、1968年には内外合わせて22万2000人(うち8万7000人が海外)に達しました。


アメリカ以外の13カ国に研究所8カ所、製造工場17カ所、106力国に営業拠点を持っていました。


1970年におけるフォーチュン誌会社番付でも、5位に躍進しています。


同時に、コンピューター産業そのものも、人間が青年期を過ぎて壮年期を迎えるように、成熟段階に入ることを免れることができませんでした。

社運を賭けた決断 3

ジーン・アダムールは、のちにIBMを飛び出して独立しましたが、周知のようになかなかの風雲児です。


またアルバート・ウィリアムズは会計士出身で、ワトソン親子2代にわたって財務を担当して仕えました。


とくに360では、研究開発費だけで50億ドルという、民間企業として最大の支出を、裏方としてまかないました。


こうしてIBMは、海外工場も含めて、360シリーズの製作に全力を結集したのです。


1964年4月に、互換性を持つ6つのモデルから構成されるシステム360が、アメリカの62都市と海外の14の都市で同時に発表されました。


続いて翌年5月から、つぎつぎと各モデルが出荷を開始しました。


その人気は爆発的で、受注残が大量にのぼり、生産が追いつかないありさまでした。


この第三世代のトップを切った360シリーズは、次の機種370が発表された1970年まで、世界市場で支配的地位を維持したのです。

社運を賭けた決断 2

ジーン・アムダールは360設計の中心人物でした。


この開発に走ろうとしたWTCの逸脱をぴしゃりと抑え、それを機会にかえって本社の統括にこれを組みこんだ手腕もあざやかでした。


加えて、社長の座をめぐる弟ディックと腹心のT・V・リアソンとのどろどろした争いに、肉親の感情を断ち切った、兄としての冷静な裁断も、社内の士気を引き立てる上で、見逃されるべきではありません。


もちろん、360シリーズの疾風のような大当たりから、結果よければすべてよしとする向きもないではありません。


事実この画期的新製品を市場に出すまでにはいろいろと内部対立や試行錯誤があり、判断のミスも統率の乱れもありました。


これらについてのフォーチュン誌の記事に対し、企業史家のロバート・ソーベルは次のように述べています。


「・・・あとからふりかえってみれば、360シリーズの開発に踏み切るという決定は、1966年当時考えられていたよりは理にかなった、熟慮されたものだと思われます。


これは避けて通れない、必然的なステップでした。」

社運を賭けた決断

ワトソンもまた、実弟ディック・ワトソンのもとで独自の機種しろ強化されました。


この機種は、1400シリーズよりもずっと莫大な利益をあげました。


事実この機種は業界を再生させたともいえます。


それだけでなく、360シリーズによって、IBMは技術の面においても、かつてその営業陣が得たと同じ、高い評価を得ました。


この一事はまた、ワトソンニ世がすべての点で父親に負けず大胆で、才覚に富んでいたことをよく物語っていました。


360の成功はもちろんワトソンニ世一人の力によるものではありません。


彼はソーベルがいうように、「リアソンの指導力、アムダールの技術、ウィリアムズの財務手腕」に支えられていました。


リアソンはもともとタフで精力的な営業マンでしたが、1400シリーズを担当した「ゼネラル・プロダクツ」と7000シリーズの「データ・システムズ」の相拮抗する事業部を統括して、これを360の製作に集中させるという難事業をやってのけたのです。

自発性の原則とは

ボランティア活動をどのように定義するかは、それ自体、議論の余地がありますが・・・


ここではひとまず、ボランティア活動とは「動機においては自発性を、活動資源(リソース)においては自前主義を、代価においては無償主義を、相手(二ーズ)との関係においては了解を原則とする遂志の活動であるLと定義しておきましょう。


この定義は一面では事実を、一面では理念を表しています。


遂志とは志を遂げることであり、この意味でボランティアとは志願者あるいは「有志」の人であるということができます。


この場合の志は、なんらかの重荷を背負っている他人に対して理解と支援の手をさしのべることによって、その重荷を共に担い合おうとすることである、といえます。


ボランティア活動の本質は、なにより活動の担い手のあり方にかかっていると考えることができます。


それは、まず、そもそもある特定の活動を行うかどうか、行うとすればどのような内容の活動を、だれと、どの程度まで、いかに行うか、その判断と選択が個人の自由な意志に基づいていることです。


ボランティア活動は、他から頼まれたとか、命令されたとか、規則で義務づけられているため、本心はいやだがしかたなく、あるいはやむをえず行うような活動ではなく、そうしないではいられない、そうしたいという個人の内発的動機に発する自主的な活動です。


これを動機における自発性の原則とよぶことができます。


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